『ノイタミナ』に携わるクリエイター達にスポットを当てたインタビュー記事を公開
思わぬところから
つながる次の仕事
『うさぎドロップ』の脚本を脱稿されたあとに、岸本さんはノイタミナラジオに出演されていますよね。あのラジオの最後に次の仕事を募集していて、それがすごく印象的でした。
岸本そうでしたっけ? 何も覚えてない……。苦手なんですよ、不特定多数の前でしゃべるのが。できれば自分が関わった作品については何も言わずにただ「観てください」とひとことで終わらせたいんですよね。あのときは、作品についての質問がきたら、とにかく話題を逸らさねばいかんと思って必死でした(笑)。ノイタミナラジオの収録はお昼からスタートだったんですけど、平静ではしゃべれないから、有楽町駅前の中華料理屋で紹興酒を一本空けてから収録会場に行きました。
ええっ、ずいぶんお飲みになっていたんですね。
岸本べろべろでした(笑)。
でも岸本さんがご出演された回は「ノイタミナラジオ」屈指の傑作回だったといわれていますね。
岸本ははは。作品についてはまったくしゃべてませんけどね。
『銀の匙 Silver Spoon』のお仕事が来たのは、ノイタミナラジオの効果ですか?
岸本いやいや。あるとき、アニメーターさんの結婚式に出席したことがあったんです。だけど、アニメーション業界に知り合いがいないのでひとりでうろうろしていたら、ひとりでご飯をパクついている方がいて。話しかけたら、それが伊藤智彦監督だったんです。
ええっ! じゃあ、そのつながりがきっかけで?
岸本その数カ月後に「A-1 Picturesの落越ですけど」と落越友則プロデューサーから電話があって。これまた「すいません。何の会社ですか?」って聞いちゃったんですが(笑)。「アニメーションを作っている会社です。ある作品でご相談したいことがあるんですけど」と。そのときは作品名を伏せられていて、よくわからないまま打ち合わせにいったんです。そうしたら、関係者一同が会議室に集まっていて、山本さん(山本幸治ノイタミナプロデューサー)がその中でニヤニヤしていたという。
『うさぎドロップ』でご一緒した山本プロデューサーと再会したわけですね。
岸本そうそう。あとから聞いたら、伊藤監督が僕の名前を出してくれて、山本さんも賛成してくれて『銀の匙 Silver Spoon』を書くことになったんです。山本さんについては、『うさぎドロップ』のときあんなにやりあったのにと、ちょっと不思議な気がしました。
体験から生まれる
物語のヒント
そういえば『うさぎドロップ』が終わったあと、岸本さんは長野県に土地を購入されたそうですね。
岸本よく知ってますね、そんなこと(笑)。もともと僕の父方の田舎が兵庫県の山奥で、夏休みに遊びに行っては薪をくべて風呂焚きをしていたんです。それが楽しくてね。もう風呂がぐつぐつ煮え立っているのに、薪をくべ続けてた(笑)。その経験が忘れられなくて、友人とお金を出しあって坪3000円で八ヶ岳のふもとの雑木林を買ったんです。ふもとと言っても標高は1300メートルくらい。電気も、ガスも、水も来ていませんからね。チェーンソーで木を切り倒して、土地を拓いて。現地にテントやらダッチオープンやら道具を一式置いておいて、夏だろうが冬だろうが月に一回ペースで行ってはキャンプしてます。冬はマイナス15度くらいになるんですけど、それが楽しいのなんのって。『銀の匙 Silver Spoon』の原作を読んで、「こんな生活もいいな」と思うところと「山の中でキャンプしたいな」と思う気持ちは、かなり根っこが近いと思います。ひたすら便利になってきた世の中では、不自由こそが輝いて見える。文字通り凍えるような夜をテントで越えてこそ、朝を迎えたときの日差しの温かさがわかるし、農業高校で朝5時に起きて鶏の世話した後だからこそ、朝ご飯が美味しい。
『うさぎドロップ』にせよ、『銀の匙 Silver Spoon』にせよ、岸本さんご自身の経験が作品に反映しているんですね。
岸本『銀の匙 Silver Spoon』の話が来る前から、キャンプをはじめていましたから、偶然のめぐりあわせですね。ただ、僕のキャンプは月に一度遊びに行っているだけですから。『銀の匙 Silver Spoon』の八軒たちように一年中過ごしているわけじゃないから甘いもんです。月一度でも、あっぷあっぷです(笑)
『銀の匙 Silver Spoon』でノイタミナのスタッフと2度目のお仕事をしてみていかがでしたか?
岸本第1期の最終回の決定稿を書き終えたあと数週間が経って、アフレコで山本さんとご一緒したときに「岸本さんちょっといいすか?」と呼ばれて、「最終回をもう一回考えたほうが良いと思う」と言われたんです。来た来た、と(笑)。僕が書いた第1期の最終回は「終わり感」が強かったんですよね。でも山本さんは、第2期を見据えたうえで、「終わり感もありつつ、先に続いていく結末にしたい」と。おっしゃっていること自体はすごくよくわかる。ただ「それを今言うか!」って(笑)。と言いながらもスケジュールに余裕があったし、提案自体も魅力的だったので、結局ほぼ全部書き直しました。
おおっ!
岸本2パターン書いてみた結果、自分としても走り出すバージョンの方がよいと思いました。そういう意味では山本さんのファインプレーと言えるかもしれません。だけど僕としては、そのムチャぶりに応えた伊藤監督や僕の度量の広さを評価してほしい(笑)。
2期にわたる作品は、岸本さんにとっても初めての経験だったと思いますが、いかがでしたか?
岸本いやー、長丁場ではありましたが、ホン読みではみんなすごく作品に対して真摯で建設的だったので何一つ苦労話がないんですよ。原作の担当編集である坪内崇さんも第1話のラストシーンを巡ってやりあって波乱含みだったんですけど、腹を割って話してるうちに呑み友達になってしまいました。
あ、あとノイタミナスタッフでいうと、第2期になって山本さんがホン読みに顔を出さなくなると森彬俊さんがのびのびと発言してくれて(笑)、作品にすごく貢献してくれましたね。
ノイタミナでデビュー作を
飾った脚本家として
最後に、ノイタミナという枠について、いろいろとお話をうかがいたいと思います。まず、ノイタミナのいいところや悪いところがあればお聞かせください。
岸本うーん、僕にとってノイタミナがどういう枠かというのは、それほど関心がないんです。枠に合わせて作品を作る気が特にないので。ただ、まわりの方から『うさぎドロップ』のような作品ができるのは、ノイタミナだからだと言われたことがあります。想定する視聴者の幅広さはそのまま作品づくりの自由度につながるので、制作サイドにはありがたいですよね。
ノイタミナでやってよかったことがあれば、お聞かせいただけますか?
岸本……ノイタミナはオシャレだから、そこで脚本を書いたらモテると言われたことがあります。オシャレかどうかは知りませんが、まったくモテませんでした。以来そいつの言うことは信用しないようにしています。
ご結婚なさってますよね……。
岸本その制約を乗り越えて僕をモテさせるだけのオシャレさが、ノイタミナにはなかったということです。もうちょっと頑張ってもらいたいですね。
はぁ……。ノイタミナで今後やってみたいことは?
岸本最近、『十五少年漂流記』を読み返したんです。あの作品をモチーフにした何かを書いてみたいなと思っています。でも、空想してる分には面白くて話もどんどん広がってくんだけど、締切りがないからまとまる方向にぜんぜん向かわなくて……。
10年目のメッセージをいただけないでしょうか?
岸本またお仕事をふってください!
岸本さんもノイタミナでデビューを飾ったスタッフのひとりですよね(笑)。
岸本そうですよ。ぜひ、引退作品もノイタミナでやりたいです(笑)。となると、ノイタミナもあと10年やってもらわないとですね……。でも、大丈夫か。山本さん、同い年だけどしぶとそうだからなぁ。
(終わり)